500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

空き部屋。

林立するタワーマンションの隙間を夕日が降りていく。60棟はあるだろう。張り巡らされた路面電車のLEDライトが軌道を行き交う。車体は小豆色と焦げ茶色の2色使いで窓枠はアルミ製の銀色が映える。建物の上層部には温室が作られていた。その温室から遠くない一室がずっと何故か空いていた。ある時のこと、温室で老婦人が倒れた。フロントへ連絡した後、真里は母親が婦人を看病するのを見ていた。婦人は冷汗をかき手が冷たかった。「大丈夫?」真里が聞くと母親は「誰か呼んできて」と頼んだ。診療所は別の棟にある。14時のタワーマンションは人気がない。フロントの人はまだ来ない。真里は次第に鼓動が早くなった。階を巡るスロープを降りるうちあの人が死んだらどうしようと怖くなってくる。「どうしたのかな、お嬢さん」白衣姿で眼鏡の老紳士が唐突に真里に声をかけた。手をとり婦人を見る紳士は「部屋でゆっくり休んだほうが良いだろう」と徐に婦人を抱きかかえるとずっと空いているあの部屋へと入って行った。やっとフロントの人が来た時真里たちは事の顛末を話すと相手は大いに驚き部屋を訪ねたが、鍵は掛かったままで老紳士と老婦人は何処にも見つからなかった。