500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

2018-12-01から1ヶ月間の記事一覧

非合法だが捕まえる。

ある高齢の財産家の家に、オレオレ詐欺の受け子である女が現れた。指示通り女はお爺さんに市役所の職員を名乗る。髪を後ろで束ね眼鏡をかけ真面目で優しそうな印象だった。女は愛想よくしながら今日も上手くいきそうだなと思う。お爺さんは親切なお嬢さんだ…

師匠と弟子。

粘土質の山の土を桶に取り工房に持ち帰る。数日天日に晒した後、井戸端で井戸水を汲み桶の土にかけ、桶を満水にする。土は水を含み時間をかけて泥のようになる。かき混ぜては泥を沈殿させることを繰り返し、ゴミなどを泥から取り除いて使える土にする。工房…

アンドロイド。

私は1体のアンドロイドを申請した。70歳になり何かと生活するのに支障が出てきたからだ。アンドロイドは申請すれば永年支給される。初期設定を済ませ起動する。性別指定しないアンドロイドは実に扱いやすい。淡々と私の指示をこなし誤りがあれば直ぐ上書き…

地球実験。

壱万本のタングステンの糸を等間隔で台座に接続した装置を、上空4000メートルから垂らすのは特殊なドローンだ。タングステンの糸の先にはジルコニウムの球体がそれぞれ取付けられている。今回の実験はニコラの実験を進化させたものだ。北極圏の磁場を利…

タクラマカン砂漠を。

シルクロードはタクラマカン砂漠を通る。赤茶色の山が繰り返し重なり合い、砂だけの光景が広がる。風が吹き砂が飛ばされ、吹き寄せられ山が動いていく。古代の遺跡群は全て砂の下に埋もれてしまった。駱駝の隊列が幻のようにやってくる。砂漠は昼よりも夜の…

楼蘭。

ある日、商社に勤める秋元の所へ1通のメールが届いた。差出人は2050年に設立された国連の機関である人類研究所からだった。人類の歴史を精査するそうだが、何をやっているのかは謎が多い。この頃には全人類にマイナンバーが提供され、更に各個人の遺伝情報…

民俗学と考古学。

古代中国、殷から周の時代に作られた青銅器には饕餮紋(とうてつもん)といわれる魔除けの紋が浮き彫りされている。饕餮(とうてつ)という魔物の顔だ。饕餮紋の施された鼎(かなえ)は日本の国立博物館にも展示されている。この鼎とミイラと象に乗った普賢菩薩像…

行方も知れず。

ある男が一人、街道を行く。心の内に大きな思いを抱えひたすらに帝都を目指していた。 中山街道はその頃、冬を迎え人通りは疎らになっている。うら寂しい山道を越え宿場町に入るとぽつぽつと店の幟が出ている。大分に人の影が多くなる。男は小さな宿で足を洗…

渡良瀬のノスリ。

ノスリが上空から獲物を狙っているのを、柏木はカメラを向けて追った。見晴らしのよい渡良瀬の土手に三脚を構える。一帯は枯れた葭原が広がる。葭原は時にさわさわと乾いた音を立てて風を通していく。ヨシキリもいるに違いない。柏木は風に背を向けてカメラ…

地獄の沙汰。

地獄の入り口にあたる井戸の蓋を取り、覗き込むと底は濁っており見えない。安藤斎は月明かりを頼りに井戸のふちを跨ぐ。目をこらし、ひと息吸うと飛び込んで行った。安藤斎は黒雲の中を落下し続ける。息もつけぬ間が続き声も出ない。視界が開けるといつも目…

深海散歩。

太平洋の真ん中あたり一人、大の字にプカプカ浮いている。やがて体は沈み始め、両手の隙間からは細かな気泡が海面に向かって伸びていく。海中から上空を望むとそれは魚類の視界になるのか。揺らぐ海面とその向こうの空と流れる雲が層になる。太陽光の加減で…

茶壺。

骨董好きなお爺さんが、骨董店で茶壺を見つけた。主人はお爺さんが茶壺の前から動かないのを見て声をかけてくる。「かなりの年代物ですよ。いい品でしょう」「壺の中は見られるのかな?」「中ですか」主人は茶壺をゆっくりと動かしお爺さんは覗いた。「また来…

ねずみ達の冬。

そろそろ西からの空っ風が吹く頃になる。たねずみ達は枯草の塊や藁ぼっちに身を隠す。次第に寒さが凌げなくなれば縄張りの民家へと避難した。納屋の屋根裏の梁を伝い隙間風の来ない場所、かわら屋根の隙間や民家の壁の中へ。たねずみ達は音を立てずにやって…

アキヲ。

アキヲは裏通りのスナックで夜明けを待っていた。ママは時折アキヲに声をかけてビールをつぐ。今日のビールはまるでアキヲを酔わせなかった。かえって目と頭が冴えて何をやっても上手くやれそうだった。黒いジャンパーの男が店に入ってくる。アキヲは手を上…

女の子の運命。

人類誕生からだいぶ時代が過ぎてきたが未だ新聞の紙面に載り続けるのは、殺された女の子や女性の事件だ。永遠に克服出来ないことなのか。真弓は記者としてある事件の被害者家族を取材する。犯罪者は周到に計画して被害者を狙っていた。真弓は取材をしながら…

山を行く。

大峰山系を私は行者として歩いている。日の昇る前から尾根づたいを行く。辺りの原生林は世代交代しながら或いは環境に適応したものが、勢力を拡大し山を守っている。私の前にも何人もの人らしい影が、己の目的のために行をしている。山岳は天上の世界だ。人…

金魚の寡婦。

内輪の話になるが、私は大変仲むつまじい金魚夫婦を長年飼っていた。生き物にはだいたい脳みそがある。美しい姿とは別に、それぞれの嗜好や思考、微妙な感情表現がある。昨今、人間世界は総じて獣染みた様相になっており私などは、金魚夫婦の方がよっぽど温…

サラバンド。

ある辺境の小国に、偉大なチェリストが帰って来た。それまで各国をオーケストラと共に周り続けていた。世界を周りはじめた頃は若かったチェリストも古老となった。相棒のチェロはチェリストの心模様をなぞるように音を奏でる。彼の帰郷に国中が湧いた。彼を…

75年の背骨。

脆くなった背骨が、屈む度にキクキクと音がするようでタミは体を動かすのが億劫になっている。畑仕事を50年続けて日に焼けた両手が寒さでかじかむようになってきた。その上背骨の不調である。冷え込みがキツくなると、痛みが走るようになっている。毎日坂の…

静かの海より。

384,400キロメートルの距離を地球と月は見えない力の作用でつながりあっている。太陽系の重力が変化し月が地球を離れ遠ざかり、月を持たない地球になった頃には夜空は光る者のない、ただのテレビ画面になるのだろう。火星も木星も明星も遠ざかる。鏡像的世界…

猫目石日和。

末期癌の妻を自宅に連れ帰ってからは、私ひとりで彼女の世話していた。看護師から緩和ケアについて、丁寧な指導を受けている。彼女は生来の頑固さで、モルヒネを使わないのではないかと心配していたが、彼女は緩和ケアを受け入れていた。私は、彼女がこれか…

さらさらと死ぬ。

リン酸系アルミニウム属の人間が臨終を迎えるにあたって、細胞分裂の家族から伝統の儀式を依頼された。私は60年ぶりの引導師を務める。儀式は夜通し4日間に渡る。その間臨終を迎える者が正しい化学反応を示せるよう、私はその正確な過程を耳打ちし続けなけれ…

雪の世界に。

明治に建てられた数寄屋造りの山田家は、今庭師が冬支度を進めている。何代にも渡って作られた庭園は見事な調和で四季を移ろわせ、県内でも有数の庭園として名を馳せていた。佐々木は庭師として父親と共に庭園の管理を任されている。その父親の引退する日は…

隕石ハンター。

オーストラリアの砂漠をシマノはジープで走り回っていた。この砂漠を自分の庭のごとくシマノは知り尽くしていたのでガイドはいつも連れてこない。地平線にエアーズロックの影が見える。シマノは金属探知機を手に砂の上を歩き回る。赤茶色の砂に黒い岩石がゴ…

隣の魔法使い。

日曜の朝から雨が降り続き一週間になる。中庭は水浸しになり雨の輪が延々と至る所で消えていく。マヤ夫人は猫を抱きながら居眠りをしている。ラジオから株式情報が流れている。残りの猫たちは窓際に集まり外を眺めている。チャイムの音でマヤ夫人は目を覚ま…

駆け落ち。

大正末期、東北地方のある寒村から一人の少年が山梨の斑目家に奉公に入った。豪農で知られる斑目家の当主佐吉は小作人を多く抱えていた。奉公に入った弥平は14だった。弥平の他に10人程の奉公人がいた。父に似て体格がよく生まれ故郷では堤防工事に駆り出さ…

メリークリスマス。

クリスマスの聖歌隊なのだろうか、子ども達が歌の練習をくり返している。外国語の歌は12月の冷えた空気に似合っている。子ども達が放っている伸びやかな高音域の重なりは、空から大いなる存在の何者かを地上に呼びよせるような、例えばあの大天使ミカエルを…

樫の木の100年。

造成されたニュータウンの公園にシンボルツリーとして樫の木が植えられた。あれから四半世紀が経ちニュータウンも変わった。樫の木の幹は大人の胴周り程になり遠くからでも目を引いた。ニュータウンが出来た当時移り住んできた若い家族たちも樫の木と同じ25…

早朝の2人。

まだ誰も踏みいれていない新雪のなかを行くようにチサさんと太郎は日課の散歩をしている。朝日が昇る前のいつも通りのコースを1人と1匹で10年近く共に歩いている。朝日に向かって歩くこの散歩コースが2人は好きだった。チサさんはご主人には話さないことも太…

苺ジャムの話。

苺農家のナミさんが、出荷出来ない苺を黄色い箱に山盛り入れて台所に入って来た。「ジャム作ったことあるかい」とアサコさんに尋ねた事からジャム作りが始まった。午後1時の台所。よく洗った苺のヘタを取り除くため、ナミさんとアサコさんは並んで黙々とこ…