500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

隣の魔法使い。

日曜の朝から雨が降り続き一週間になる。中庭は水浸しになり雨の輪が延々と至る所で消えていく。マヤ夫人は猫を抱きながら居眠りをしている。ラジオから株式情報が流れている。残りの猫たちは窓際に集まり外を眺めている。チャイムの音でマヤ夫人は目を覚ました。私は夫人がドアを開けるまでしばらく待たされた。「いらっしゃい雨の中よく来たわね」と嬉しそうに言う。私は鞄から本を取り出して表紙を見せた。「お探しの本が手に入ったので届けに来ました」「さすがねぇ、林さんの探し物見つける才能は」とマヤ夫人は感心しながらコーヒーを淹れる。「判るかしら?」とコーヒーを飲む私に聞いてきた。「何がですか?」「これ、タンポポコーヒーなのよ」と面白そうに話す。「タンポポですか」「そうなの体に良いのよ」マヤ夫人は本を丹念にめくっていく。それは外国の古い薬草全集で初版本だ。「生きている間にこれが手に入るなんてねぇ、とても幸運だわね」「ベルギーの古本市で見つけました」「Scarborough Fairを聴きながらじっくり読みたい気分ね」と言うので私はiPhoneから曲を流す。サイモンとガーファンクルの愁いある声が雨の部屋に漂っている。