500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

オアシスの言い伝え。

「その水は飲んではいけないんですよ」ヨーゼフは観光客のアリに話しかけた。目の前のオアシスから湧き出る透明で涼やかな湧き水を、今にもアリが口にしそうだったからだ。アリは「どうしてですか、こんなに綺麗なんですから飲めるのでは?」とヨーゼフが止めるの…

9804年地球。

ダヴィンチ・13という名の地衣類が緩やかな起伏が続く視界一面を覆っている。9804年の地上には、ぽつぽつと200メートル級の低山が存在していた。皆、独立峰に見えるがそれらは原子力発電所が幾重にも地層で覆われた山である。この地下に稼働を止めた原子炉が…

空き部屋。

林立するタワーマンションの隙間を夕日が降りていく。60棟はあるだろう。張り巡らされた路面電車のLEDライトが軌道を行き交う。車体は小豆色と焦げ茶色の2色使いで窓枠はアルミ製の銀色が映える。建物の上層部には温室が作られていた。その温室から遠くない…

黒門を入る。

奈良時代にその門はそこに現れた。2層造りの屋根のかかった黒門である。門には扉も付けられその表面は鉄の板で覆われていた。門に使われている柱は円筒形をなし、ひと抱えするほどに堅牢なものだった。門には刀傷や銃撃された痕も見受けられた。奈良時代は…

3人しりとり。

阿からしりとりが始まった。路面電車の最後尾で土田はしりとりを始めた。「アイス」隣の中村が参考書から顔を上げて「酢飯、し」と続く。窓際の山根は「酢飯ってなかなか」と驚きながら「渋谷公会堂裏、ら」と言った。「裏ってあるのか?」土田が疑問を挟んだが続く。土…

アンモナイトの枕。

アンモナイトの化石は化石の好きな人にはいつも人気がある。私も特別に大切にしている。大理石の壁を丹念に観てみると運良く尖ったアスパラガスのような模様や渦巻き模様を発見することがある。それは化石だ。私はヒマラヤ山脈の高所にアンモナイトやその他…

那珂川の釣り人。

早朝の那珂川に小雨が降っている。広い河原の細かな石を踏み川に近づいていく。那珂川は橋が多いが川幅が広く川としてとても美しい。菅笠と胴長とつり道具を手にがさがさと行く。私に気づいた鴨らが鳴いて飛び去った。川は少し濁りがあった。まだ冷水病の話…

環太平洋造山帯。

環太平洋造山帯の火山活動が20xx年頃から活発化した。温暖化の影響で、海水温と地表面との温度差や、極地と赤道付近の海水の流れが今までと異なってきた。地球を巡る海流の、大きな流れを失いつつあった。寒暖の海流が滞れば、海に不毛の領域が増加する。海…

由比ヶ浜。

由比ヶ浜を1月の北風が通り過ぎて行く。波は灰色のくり返しで細かに立つ波頭が刹那に凍りそうな寒さだった。まるでスノードームに由比ヶ浜だけが唯一存在しているかの如く、360度見える遠景は張りぼてのように薄っぺらい。多分に空が曇り光源が足りないせい…

雨木の幽霊。

昔々有る所に人の知らない滝が在りました。滝は約千丈程の高さから白々と落ちています。そこへ道に迷った浪人が1人。浪人は尾張に行く所でしたが道を誤ったようです。細く雨が降り出し浪人は木の根元で休むことにしました。朝、霧で辺りが分かりません。 「…

弘前にて。

私が好きな彼女は、青森の弘前で林檎農家の跡取りだった。私は弘前駅からバスに乗り、弘前公園から御山を見る。特に夕日に染まりながら色を消していく御山は神々しい気がする。岩木山の麓には日当たりのいい林檎畑が広がっていた。彼女は幼い頃からあの御山…

孫娘は宇宙飛行士になるだろ。

新月の夕暮れから空を見続けることは今の時代、カメラ任せになってしまうのかもしれない。北極星を中心に輪を描くように夜の星は皆一夜の間に動く。それは膨大な数の星の軌道を現す縞模様だ。孫娘はいくつ星座を見つけられるだろうか。星座は確か小学生の時…

ロバに乗る世界。

2044年1月、温暖化対策の抜本的な改革として車の代わりにロバに乗るという制度が施行された。自動車業界はロバ生産業界へと変貌を遂げる。外国から良好種を輸入し良質な自国種の量的生産を担った。全国民が小学生になると1人に1頭ロバが支給される。ロバ…

非合法だが捕まえる。

ある高齢の財産家の家に、オレオレ詐欺の受け子である女が現れた。指示通り女はお爺さんに市役所の職員を名乗る。髪を後ろで束ね眼鏡をかけ真面目で優しそうな印象だった。女は愛想よくしながら今日も上手くいきそうだなと思う。お爺さんは親切なお嬢さんだ…

師匠と弟子。

粘土質の山の土を桶に取り工房に持ち帰る。数日天日に晒した後、井戸端で井戸水を汲み桶の土にかけ、桶を満水にする。土は水を含み時間をかけて泥のようになる。かき混ぜては泥を沈殿させることを繰り返し、ゴミなどを泥から取り除いて使える土にする。工房…

アンドロイド。

私は1体のアンドロイドを申請した。70歳になり何かと生活するのに支障が出てきたからだ。アンドロイドは申請すれば永年支給される。初期設定を済ませ起動する。性別指定しないアンドロイドは実に扱いやすい。淡々と私の指示をこなし誤りがあれば直ぐ上書き…

地球実験。

壱万本のタングステンの糸を等間隔で台座に接続した装置を、上空4000メートルから垂らすのは特殊なドローンだ。タングステンの糸の先にはジルコニウムの球体がそれぞれ取付けられている。今回の実験はニコラの実験を進化させたものだ。北極圏の磁場を利…

タクラマカン砂漠を。

シルクロードはタクラマカン砂漠を通る。赤茶色の山が繰り返し重なり合い、砂だけの光景が広がる。風が吹き砂が飛ばされ、吹き寄せられ山が動いていく。古代の遺跡群は全て砂の下に埋もれてしまった。駱駝の隊列が幻のようにやってくる。砂漠は昼よりも夜の…

楼蘭。

ある日、商社に勤める秋元の所へ1通のメールが届いた。差出人は2050年に設立された国連の機関である人類研究所からだった。人類の歴史を精査するそうだが、何をやっているのかは謎が多い。この頃には全人類にマイナンバーが提供され、更に各個人の遺伝情報…

民俗学と考古学。

古代中国、殷から周の時代に作られた青銅器には饕餮紋(とうてつもん)といわれる魔除けの紋が浮き彫りされている。饕餮(とうてつ)という魔物の顔だ。饕餮紋の施された鼎(かなえ)は日本の国立博物館にも展示されている。この鼎とミイラと象に乗った普賢菩薩像…

行方も知れず。

ある男が一人、街道を行く。心の内に大きな思いを抱えひたすらに帝都を目指していた。 中山街道はその頃、冬を迎え人通りは疎らになっている。うら寂しい山道を越え宿場町に入るとぽつぽつと店の幟が出ている。大分に人の影が多くなる。男は小さな宿で足を洗…

渡良瀬のノスリ。

ノスリが上空から獲物を狙っているのを、柏木はカメラを向けて追った。見晴らしのよい渡良瀬の土手に三脚を構える。一帯は枯れた葭原が広がる。葭原は時にさわさわと乾いた音を立てて風を通していく。ヨシキリもいるに違いない。柏木は風に背を向けてカメラ…

地獄の沙汰。

地獄の入り口にあたる井戸の蓋を取り、覗き込むと底は濁っており見えない。安藤斎は月明かりを頼りに井戸のふちを跨ぐ。目をこらし、ひと息吸うと飛び込んで行った。安藤斎は黒雲の中を落下し続ける。息もつけぬ間が続き声も出ない。視界が開けるといつも目…

深海散歩。

太平洋の真ん中あたり一人、大の字にプカプカ浮いている。やがて体は沈み始め、両手の隙間からは細かな気泡が海面に向かって伸びていく。海中から上空を望むとそれは魚類の視界になるのか。揺らぐ海面とその向こうの空と流れる雲が層になる。太陽光の加減で…

茶壺。

骨董好きなお爺さんが、骨董店で茶壺を見つけた。主人はお爺さんが茶壺の前から動かないのを見て声をかけてくる。「かなりの年代物ですよ。いい品でしょう」「壺の中は見られるのかな?」「中ですか」主人は茶壺をゆっくりと動かしお爺さんは覗いた。「また来…

ねずみ達の冬。

そろそろ西からの空っ風が吹く頃になる。たねずみ達は枯草の塊や藁ぼっちに身を隠す。次第に寒さが凌げなくなれば縄張りの民家へと避難した。納屋の屋根裏の梁を伝い隙間風の来ない場所、かわら屋根の隙間や民家の壁の中へ。たねずみ達は音を立てずにやって…

アキヲ。

アキヲは裏通りのスナックで夜明けを待っていた。ママは時折アキヲに声をかけてビールをつぐ。今日のビールはまるでアキヲを酔わせなかった。かえって目と頭が冴えて何をやっても上手くやれそうだった。黒いジャンパーの男が店に入ってくる。アキヲは手を上…

女の子の運命。

人類誕生からだいぶ時代が過ぎてきたが未だ新聞の紙面に載り続けるのは、殺された女の子や女性の事件だ。永遠に克服出来ないことなのか。真弓は記者としてある事件の被害者家族を取材する。犯罪者は周到に計画して被害者を狙っていた。真弓は取材をしながら…

山を行く。

大峰山系を私は行者として歩いている。日の昇る前から尾根づたいを行く。辺りの原生林は世代交代しながら或いは環境に適応したものが、勢力を拡大し山を守っている。私の前にも何人もの人らしい影が、己の目的のために行をしている。山岳は天上の世界だ。人…

金魚の寡婦。

内輪の話になるが、私は大変仲むつまじい金魚夫婦を長年飼っていた。生き物にはだいたい脳みそがある。美しい姿とは別に、それぞれの嗜好や思考、微妙な感情表現がある。昨今、人間世界は総じて獣染みた様相になっており私などは、金魚夫婦の方がよっぽど温…