500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

常磐ベーカリー。

常磐ベーカリーの朝は早い。日が昇る前から起き出しパン種の発酵具合を見る。ガスオーブンにスイッチを入れパン種を加工し年季の入った型に詰めて焼き始める。午前6時には最初のパンが焼きあがるあの香りが、パン工房からあふれ出て通りを漂っていく。朝早い…

点灯夫の話。

点灯夫の橘は今日も夕暮れの街を回って歩く。ガス灯の硝子を棒で開き火を点しては閉めるのを担当分だけ繰り返す。ガス灯に灯が点ると都会の夜は陽気になった。祝日には花電車も通う賑やかさだ。早々に回り終えた橘は近くの夜鳴き蕎麦に入る。「亭主一杯もら…

千段怪談。

ある時、姉に千段の階段を競争しようと持ちかけた。夏休みのラジオ体操の後、私たちは千段あるといわれる石段の下に揃う。ジャンケンで姉が勝ち「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!」と言いながら階段を駆け上がる。「グ・リ・コ・の・お・ま・け・つ・き!」「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル…

同行二人。

老師が独り、山中の小径を登って行く。遠く炭焼き小屋の煙が立ち上る。山の午後は陰りが早い。午後2時を過ぎる頃には日は山向こうに消えて、山影と一緒に寒さがやってくる。老師は錫杖を手に峠にさしかかった。立ち止まった老師が腰を伸ばして息をつくと、…

絵師の群青。

岩絵の具の群青を作る時、鉱石の藍銅鉱の粉末を使う。乳鉢に少量をとり乳棒にて丹念にすり潰していく。そこに溶いた膠を入れて再びすり合わせ群青になる。タカヨシはこの天井画を見上げると自分の身が点になったような気がした。伽藍の天井には、他では滅多…

中有に行く。

中有とは亡くなった人やこれから生まれていく人が集まる所である。事故で私は死んだようでした。カーブを曲がる時、対向車が私の方へ向かってくるのが分かりましたが長い一瞬でした。車の運転手がはっきりと見えました。彼もまた、ガードレールに突っ込み車…

山茶花の頃のこと。

山茶花の咲く頃になると思い出されるのは、妻の姪のことである。今は米国に移住し何年にもなるが、姪は妻と双子のように面差しや声が似ており、会えばふとした時に亡き妻に会っているような錯覚を覚えた。そんな姪と山茶花とがなぜ私の中で結ばれているのか…

ある夜明け前のこと。小雪記念。

午前3時半の世界には割りたての黒曜石の空があった。原始の人は黒曜石で鏃を作り、狩りをし、皮を剥ぎ、生きのびた。集落の男達は日本海を危険と共に舟で南下しては大陸と交流していた。森林が深く、化学物質の汚染のない世界。縄文の日本は豊かだった。そ…