500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

同行二人。

老師が独り、山中の小径を登って行く。遠く炭焼き小屋の煙が立ち上る。山の午後は陰りが早い。午後2時を過ぎる頃には日は山向こうに消えて、山影と一緒に寒さがやってくる。老師は錫杖を手に峠にさしかかった。立ち止まった老師が腰を伸ばして息をつくと、上から老師に声掛ける者がある。見ると木の枝に男がぶら下がっていた。顔が赤く手足がやたらに長い。老師は内心これは人間ではないなと思いながら返事せずにいたので、男は老師の前に飛び降りた。ニヤニヤしながら「俺を人間じゃないと思っているだろう」と言う。老師は尚も返事をせずにいると、男は「坊さんの前を行くとしよう」と峠を下り始めた。時折振り返ってはニヤリと笑う。老師は来た道を帰る思案もしたが、男に背中を向けると恐ろしい気がしたので、男の後から峠を下っていった。日が落ちる前に炭焼き小屋の人間に会えないものかと老師は1本道を念じながら歩む。男はふらふらと歩き続け、その後を錫杖の音が続く。再び峠にさしかかると男は不意に「坊さん、一つお経をあげてくれ」と言って姿を消した。老師はあっけない男の消失にしばらく呆然と過ごしたが請われた通り念仏を唱えると、独り峠を下っていった。