500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

点灯夫の話。

点灯夫の橘は今日も夕暮れの街を回って歩く。ガス灯の硝子を棒で開き火を点しては閉めるのを担当分だけ繰り返す。ガス灯に灯が点ると都会の夜は陽気になった。祝日には花電車も通う賑やかさだ。早々に回り終えた橘は近くの夜鳴き蕎麦に入る。「亭主一杯もらおう」「どうしたんです今日は」「女房が臨月になったもんだから実家に帰したんだ」「それはおめでたいことで、これお祝いのサービス」と亭主は竹輪を1枚更にのせて蕎麦を出す。橘は蕎麦を啜りこんだ後「しかしなんだ名付けってのは頭痛いなぁ」と漏らすと亭主が笑った。「そうでしょうそうでしょう、私も悩みました、最初だけ。最初が決まれば後はね、続ければいいんで」「そんなもんかな」「ええ、そんなもんです」と亭主。「亭主子供何人いるの?」と聞くと「恥ずかしながら10人程」と言うので思わず橘は蕎麦を吹き出してしまった。「そうかいそりゃあ大変だなぁ」「なぁに大丈夫ですよ、旦那だって。一番上が決まれば後は二番三番でいいんだから。しかしね順番に付けたのは良かったんですがね、長屋で子供呼ぶと5人位返事するんで参りました」それを聞いた橘は今日一番の大笑いをした後、気分よく勘定を払った。