500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

金魚の寡婦。

内輪の話になるが、私は大変仲むつまじい金魚夫婦を長年飼っていた。生き物にはだいたい脳みそがある。美しい姿とは別に、それぞれの嗜好や思考、微妙な感情表現がある。昨今、人間世界は総じて獣染みた様相になっており私などは、金魚夫婦の方がよっぽど温情があり思慮深い気がする。どちらも双方を労りあい毎日が過ぎていたがある時急に気候が寒くなったせいか、旦那の方が水槽の底でジッと身動きしなくなった。妻はそんな旦那の傍でやはりジッとしていた。しばらくして、旦那は腹を天井に晒すようにして水面に漂っていた。瞳はある一点を見つめ動かない。口も鰓も動かず、彼の魂が其処にはいないことが感じられる。私はそっと網で彼をすくい上げ自然に葬る。妻の方は水槽のなかをゆっくりと泳いでいる。彼女は最後まで見ていたようだ。独り残された彼女を見る私が辛くなったので、新しい金魚を迎えたのであるが彼女は水槽の底の方でゆらゆらと独り生きていた。新しい金魚はよく餌を欲しがった。行動を見ていてもあの金魚の旦那とは性格が違う。どうしたものかと考えた末、私は新しい金魚を別の水槽に移した。寡婦となった彼女に旦那の思い出話などしながら私は餌をやった。