500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

サラバンド。

ある辺境の小国に、偉大なチェリストが帰って来た。それまで各国をオーケストラと共に周り続けていた。世界を周りはじめた頃は若かったチェリストも古老となった。相棒のチェロはチェリストの心模様をなぞるように音を奏でる。彼の帰郷に国中が湧いた。彼を尊敬し集う大人や子供達が、親しみを込めてマエストロと呼ぶ。彼はホテルのベランダでチェロを弾き続ける。夕闇へチェロの調べが流れると音楽に惹かれた人々が集まって来た。ホテルのポーターやタクシーの運転手、タクシーを降りた客に至るまで、足を止めて聞き入っている。どのくらい時が経ったのか、音楽が終わりを迎えるとマエストロは眼下の人々に挨拶し部屋に入る。残された人々の拍手はホテルを包みしばらく止まなかった。マエストロは気の向くまま国中を周り、時に結婚式やお葬式に出くわしては喜びや哀しみを弾く。居酒屋で一杯やりながらチェロを弾き、海辺のベンチに独り掛け弾いたりもした。「何か聴きたい曲はあるかな?」マエストロが立ち止まっている青年に話しかけると「マエストロの好きな曲を」と言った。マエストロは少し首をかしげ考えた後、サラバンドを弾き始めた。マエストロは種を蒔き続けた。