500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

山を行く。

大峰山系を私は行者として歩いている。日の昇る前から尾根づたいを行く。辺りの原生林は世代交代しながら或いは環境に適応したものが、勢力を拡大し山を守っている。私の前にも何人もの人らしい影が、己の目的のために行をしている。山岳は天上の世界だ。人工物がまるで見当たらない。天然記念物のオオヤマレンゲが至る所で咲き出していた。千五百年前の行者の後追いをしているように行をしている。行者が自然に入り感じたことを私は同じように感じられているだろうか。黙々と歩を進めながら行者のことを考える。そのうち私は不思議な領域に入った。私の周りを歴史が流れていく。この地で起こったのだろう古からの様々が前方から後方へと映画のように流れて行った。相対性の破れにでも入ったのかも知れない。 もしかするとタイムスリップしてしまうかも知れない、などとSF小説の一節を思い浮かべたが、間もなく元の山道に戻った。幻覚なのか?化かされたのか?土地の記憶に接続したのか?そんな冗談を考える。山なら不思議なことは起こりえる。太古から積み重ねられた歴史の層が冷たい大気と共に大峰山系を覆っているようだ。連綿と過去から続く道が、まだ先に続いている。