500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

由比ヶ浜。

由比ヶ浜を1月の北風が通り過ぎて行く。波は灰色のくり返しで細かに立つ波頭が刹那に凍りそうな寒さだった。まるでスノードームに由比ヶ浜だけが唯一存在しているかの如く、360度見える遠景は張りぼてのように薄っぺらい。多分に空が曇り光源が足りないせいだろう。人間の視覚は、よく錯覚を起こすように出来ている。けれどもこれは錯覚ではなく現実だ。私の前にいる人物は私の人生そのものを破壊した人物だった。あの時私は無力な人間だったが今ここに立っている私は相手と対決出来るだけの力を持っている。相手はあの私だとは知らず、海岸を歩いてくる。私は長い年月をかけてやっとここに立っていた。相手から容赦なく受けた傷はいくつかの後遺症を私に残した。私は死の淵で地獄を覗いた。ジリジリと体中を冷たい炎に灼かれるような痛みから復活した。怒りの炎は今でも私を青く灼き続けている。相手にそれが見えるだろうか。私の怒りは今轟々と火柱を上げていた。相手はあてどない表情でやって来る。私が呼び止めると相手は目を見開きすぐにあの私だと分かった。「どうしてここにいるの」「あなたに会いに来ました」「どうして?」相手はやや怯えるように顔をしかめた。