500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

早朝の2人。

まだ誰も踏みいれていない新雪のなかを行くようにチサさんと太郎は日課の散歩をしている。朝日が昇る前のいつも通りのコースを1人と1匹で10年近く共に歩いている。朝日に向かって歩くこの散歩コースが2人は好きだった。チサさんはご主人には話さないことも太郎には話した。太郎は何も言わなかったが、いつもチサさんの隣に座る。それだけでチサさんは太郎が色々な事情を判ってくれていると感じていた。太郎も年を重ね眉毛と口元が白くなり爺さんの風情になった。チサさんは太郎の綱を取り田舎道をひたすら歩く。誰もいない白々とした風景の中で、射してくる真新しい光線を浴びながら考え事をする。寒さが日増しに強まって吐く息が今日は白い。チサさんはこの土地に来て60年になろうとしている。振り返って自分は何も忘れ物などなかっただろうか、顔にあたる空気の冷たさを感じながら遠くを観るように両目を細めてみる。そうすると自分の大切なものがはっきり見えるような気がして。そんなチサさんの物思いに太郎は歩調を合わせている。朝日が電熱線のように雲を灼きながら昇ってくるのを眺め、チサさんは自分の心臓の鼓動と呼吸音に集中して活きている自分を確認する。