500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

師匠と弟子。

粘土質の山の土を桶に取り工房に持ち帰る。数日天日に晒した後、井戸端で井戸水を汲み桶の土にかけ、桶を満水にする。土は水を含み時間をかけて泥のようになる。かき混ぜては泥を沈殿させることを繰り返し、ゴミなどを泥から取り除いて使える土にする。工房にて土を練り始めるとだんだんと土に艶が出てくる。その後菊練りをする。師匠は作務衣姿で黙々と土を練り続けている。やがて粘土が出来上がる。この土地独特の土を使う陶芸作家である師匠は、寡黙な人物で通っている。兄弟子と私は陶芸教室で指導を受けたことがきっかけで今こうしている。師匠は自分のペースを乱されることを好まない為、私たちはじっと見ている。師匠の手が止まり顔を上げたところで「先生、お茶にしますか」と兄弟子が聞く。「そうだな」と師匠は頷き私たちは休憩を取る。揃って甘党である私たちは(それだから気が合うのか)だいたい羊羹をつまんでお茶を飲む。土の出来や天気の話ぐらいをぼつぼつとしてまた工房に戻る。3人で、各々ろくろを回し始めると日が暮れるまで、自作に没入する。窯入れから火入れ、窯出しまで連日泊まり込みになり、3人の心中は毎回、祭りのような血の騒ぐ出来事になる。

アンドロイド。

私は1体のアンドロイドを申請した。70歳になり何かと生活するのに支障が出てきたからだ。アンドロイドは申請すれば永年支給される。初期設定を済ませ起動する。性別指定しないアンドロイドは実に扱いやすい。淡々と私の指示をこなし誤りがあれば直ぐ上書きしていく。動かなければ置物と一緒になる。私は用のない時アンドロイドを定位置に座らせておいた。それはまるで空気のようだった。名前も付けなかった。アンドロイドからも求める事もなく(初期設定の時点で私がそうしたからであるが)順調に私達は生活していた。ある時私は軽い気持ちでアンドロイドに質問した。「もう1体アンドロイドがいた方があなたは楽しいだろうか」その時アンドロイドは台所で食事を作っていた。「私の他にアンドロイドをお持ちになりたいということでしょうか?」「いや、私はどちらでもいいんだがあなたはどうだろうかと思ってね」「私の意見をお求めなんですね」「そうだ」アンドロイドはしばらく無言で作業をしていた。「先程のご質問のことですが宜しいでしょうか?」「いいよ」「私は現状、必要ないと判断しましたが如何でしょうか」「そうか分かった」私は何となく物足りなさを覚えた。

地球実験。

壱万本のタングステンの糸を等間隔で台座に接続した装置を、上空4000メートルから垂らすのは特殊なドローンだ。タングステンの糸の先にはジルコニウムの球体がそれぞれ取付けられている。今回の実験はニコラの実験を進化させたものだ。北極圏の磁場を利用した軍事兵器を実験しようとしている。快晴の北極圏上空では無人で作業は続けられる。磁場の変化は随時衛星に観測される。実験の計画者であるカーン氏はハワイ沖の船上でモニタリングしている。そして夜を待つ。やがてオーロラが現れ始めた。オーロラの出現範囲はアリューシャン列島にまで及んだ。兵器は静かに稼働を続けている。4000メートル下では氷海の地下からメタンハイドレートが急激に溶解し続け音を立て吹き上げている。カーン氏はメタンハイドレートの変化を知らずメタンガスの濃度は上昇し強風で流され白く筋を作りながら北極を囲む巨大な渦を作り出した。この状況を観測したのは宇宙ステーションの航海士だった。航海士は唯ならぬ事態をNASAに伝える。実験をしていたカーン氏に北極圏の事態が伝えられたのはそれから5分後だった。カーン氏は実験を中止し北極圏のメタンガスの渦はやがて消失した。

タクラマカン砂漠を。

シルクロードタクラマカン砂漠を通る。赤茶色の山が繰り返し重なり合い、砂だけの光景が広がる。風が吹き砂が飛ばされ、吹き寄せられ山が動いていく。古代の遺跡群は全て砂の下に埋もれてしまった。駱駝の隊列が幻のようにやってくる。砂漠は昼よりも夜の方が旅をし易い。空に星座があるから迷わずこの恐ろしい砂漠を抜けられる。星をよむ技術が旅人には必要でそれは地球の何処でも同じだった。「砂漠の精霊というのは一体なんだろうね」森口博士は現地ガイドのフェに聞く。「長老は砂漠で死んだ者の行く末だと言われていますよ、砂漠の精霊は古い言い伝えですが」「夜になると精霊の声が旅人を誘うそうだね、そんな悪さをするのかい」「迷信ですよ、僕は夜の動物たちの鳴き声じゃないかと思ってますけど」「ああ、なるほど現実的な答えだな」森口博士はタクラマカン砂漠の写真を撮り続ける。フェは駱駝に塩をやっている。「楼蘭の場所は知ってるの?」「皆さんよく聞かれますけど今じゃここと同じですよ」「そうだろうなぁ」森口博士は白い顎鬚を撫でながら笑う。「腹が減ったな」 「先生、資料館ありますからそこ行きましょう」「美味い食事だといいんだが」駱駝が動く。

楼蘭。

ある日、商社に勤める秋元の所へ1通のメールが届いた。差出人は2050年に設立された国連の機関である人類研究所からだった。人類の歴史を精査するそうだが、何をやっているのかは謎が多い。この頃には全人類にマイナンバーが提供され、更に各個人の遺伝情報も紐付けされていた。秋元は未知の世界からの招待に戸惑った。その上所長を名乗る人物が先日直に連絡してきたのだった。「秋元さんですか私は先日メールを差し上げた人類研究所の所長をしとりますゲルトマンと申します」「はあ」「実はですの、秋元さんにぜひとも逢わせたい方がおりまして、これはもうぶっちゃけ、私の職権乱用なんですがね、あははは」酒が入っているような陽気さでゲルトマンは話を進める。結局、秋元は休暇に極東の研究所を訪ねることになった。ゲルトマンは秋元を歓待した。「秋元さんよく来てくれました。さあさあご一緒にこちらへ」と案内する。「この方を秋元さんにご紹介したかったんですよ私の夢が叶いましたな」ゲルトマンは鉄の引出しを開けるとそこには、かの楼蘭の美女と言われたミイラが保存されていた。「秋元さんの遠いご先祖様にあたる方ですよ」ゲルトマンは満足そうに説明する。

民俗学と考古学。

古代中国、殷から周の時代に作られた青銅器には饕餮紋(とうてつもん)といわれる魔除けの紋が浮き彫りされている。饕餮(とうてつ)という魔物の顔だ。饕餮紋の施された鼎(かなえ)は日本の国立博物館にも展示されている。この鼎とミイラと象に乗った普賢菩薩像と長谷川等伯の松林図の前で、しばらく私は動かない。考古学の先生が自分のお気に入りを紹介しては、悦に入るのを眺めながら、私はレストランの椅子の居心地を楽しむ。考古学や民俗学に興味のある人は、時々本人も独特の個性を持っている濃い人がいらっしゃる。清水さんはそんな人だった。柳田国男さんが好きで日本の民俗学に造詣が深く熱く語る。いつも先生と話が熱い。先生「ぜひとも皆さんをエジプトにお連れしたいものです」清水「いいですねぇ先生は。経費で落とせますから、私は全て自腹だから家内にヘコヘコですよ」清水さんの一言に皆笑う。昭和40年は不景気で皆、台所が苦しい。しかしながらこの2カ月後、先生と同好会の全員で初めての海外旅行となるエジプトへと旅立った。清水さんから電話があったのは正月明けだった。清水さんは終始大笑いしていた。当選金額は言わなかった。清水さんありがとう。

行方も知れず。

ある男が一人、街道を行く。心の内に大きな思いを抱えひたすらに帝都を目指していた。 中山街道はその頃、冬を迎え人通りは疎らになっている。うら寂しい山道を越え宿場町に入るとぽつぽつと店の幟が出ている。大分に人の影が多くなる。男は小さな宿で足を洗いながら女将に尋ねた。「唐衛門という人はいるかい」「さあ知りませんねぇ」女将は天井を見上げて言い、男を部屋へと案内した。男は刀を取り出すと手入れを始める。それは、ある銘を持った家宝の品である。丹念に手入れした後、刀の曇りを観る。男はあることを刀に問うた。部屋はしんと静まり、刀と男だけである。外の通りを唐辛子売りが歩いて行った。行く宿場ごとに唐衛門を尋ねたが見つからない。男は焦りを感じながら帝都に入った。とある薬問屋に男は入りそのまま出てこない。男「唐衛門は見つかりませんでした。如何致しますか」「唐衛門は捨て置け、文明開化の病に取り憑かれた男だ。それよりも大事な事がある。お前に切って貰いたい者がいる」主は男を上座に上げる。そして男は消えた。年が明けて18日暮れ。ある政財界の要人が暗殺される。この要人が殺害されたことで帝都の再開発事業は大きく変更された。