500文字の鵲ショートショート

毎日500文字のショートショートを記します。

環太平洋造山帯。

環太平洋造山帯の火山活動が20xx年頃から活発化した。温暖化の影響で、海水温と地表面との温度差や、極地と赤道付近の海水の流れが今までと異なってきた。地球を巡る海流の、大きな流れを失いつつあった。寒暖の海流が滞れば、海に不毛の領域が増加する。海が機能不全になれば大気や気象に影響が出る。そして火山活動による大気汚染が懸念され多くの生態系が被害を受ける事になった。ヒマラヤ山脈付近は氷河の氷解が進み水害が絶えず起こり、地元住民は集団での転地を余儀なくされる。海洋生物学者のリンデル博士は鯨の専門だが、毎年鯨が繁殖の為に回遊するルートを調査保全にあたっている。環太平洋造山帯の活動が鯨の繁殖に影響を及ぼすとリンデル博士は考えていた。鯨は明らかに、今までとルートを変えたようだった。繁殖地に集まる頭数も減少している。このことから繁殖地にたどり着けない鯨が増えているのではないかとリンデル博士は調査を進めている。各海域の環境は海流の滞りと酸素含有率低下と水害、火山活動の影響もあり水質が悪化している。大規模な青潮赤潮が発生することが多くなった。水産業界では網の中に死んだ魚介類が増え続け、死活問題になっている。

由比ヶ浜。

由比ヶ浜を1月の北風が通り過ぎて行く。波は灰色のくり返しで細かに立つ波頭が刹那に凍りそうな寒さだった。まるでスノードームに由比ヶ浜だけが唯一存在しているかの如く、360度見える遠景は張りぼてのように薄っぺらい。多分に空が曇り光源が足りないせいだろう。人間の視覚は、よく錯覚を起こすように出来ている。けれどもこれは錯覚ではなく現実だ。私の前にいる人物は私の人生そのものを破壊した人物だった。あの時私は無力な人間だったが今ここに立っている私は相手と対決出来るだけの力を持っている。相手はあの私だとは知らず、海岸を歩いてくる。私は長い年月をかけてやっとここに立っていた。相手から容赦なく受けた傷はいくつかの後遺症を私に残した。私は死の淵で地獄を覗いた。ジリジリと体中を冷たい炎に灼かれるような痛みから復活した。怒りの炎は今でも私を青く灼き続けている。相手にそれが見えるだろうか。私の怒りは今轟々と火柱を上げていた。相手はあてどない表情でやって来る。私が呼び止めると相手は目を見開きすぐにあの私だと分かった。「どうしてここにいるの」「あなたに会いに来ました」「どうして?」相手はやや怯えるように顔をしかめた。

雨木の幽霊。

昔々有る所に人の知らない滝が在りました。滝は約千丈程の高さから白々と落ちています。そこへ道に迷った浪人が1人。浪人は尾張に行く所でしたが道を誤ったようです。細く雨が降り出し浪人は木の根元で休むことにしました。朝、霧で辺りが分かりません。 「これは参ったな」浪人が途方に暮れていると霧の中から何かが向かって来ます。それは戦に向かう一軍でした。「こんな所でおぬしは何しておるか」言問うので「道に迷いまして」「大将、この者は迷い人で御座る」と足軽の大声が、一閃、霧を突きぬけ霧が晴れ渡りました。甲冑の軍勢が姿を現します。「村近くまで送ってやろう」再び雨が降って来ました。浪人を連れた軍勢は甲冑を鳴らし進んでいきます。浪人は橋のたもとで下ろされました。「あの村で道を聞くと良い。わしらは先を急ぐのでここまでだ」「あなた様方はどちらへ戦に行かれるのか」浪人は気になり聞くと「これから津へ向かう所だ」と軍勢は山へ入って行きました。見送った浪人が、村でこの出来事を話すと「昔戦に向かう軍勢が山津波に遭ったそうでその方々でしょう」「津に向かうと」「さあ、わしらには分からないあの世の話ですから」と村人はお茶を勧めた。

弘前にて。

私が好きな彼女は、青森の弘前で林檎農家の跡取りだった。私は弘前駅からバスに乗り、弘前公園から御山を見る。特に夕日に染まりながら色を消していく御山は神々しい気がする。岩木山の麓には日当たりのいい林檎畑が広がっていた。彼女は幼い頃からあの御山を背に林檎作りを手伝い成長した。林檎の花が白く咲き出す頃訪ねると、彼女は高校を卒業していた。10年ぶりの再会になる。彼女は私を仄かに覚えているようないないような礼儀正しさで私を迎えた。今では父親から頼りにされているようだ。10年前私が初めて来た時と林檎畑は変わっていなかったけれど人間はそれぞれに歳を重ねていた。前回と同じように林檎畑の仕事を手伝いながら取材する。無農薬栽培や有機栽培が世間で取り上げられるようになり、以前から有機栽培に取り組んでいる彼女の家を訪ねたのだった。岩木山の麓の温泉も紹介されて取材する。それから度々弘前を訪れ林檎畑の林檎を撮影した。彼女は丁寧にひとつひとつ扱う。林檎畑の地面が銀色のシートで覆われると遠くからでもキラキラして、収穫の日が近づいているとワクワクしたものだった。色づく林檎を彼女が籠へ山盛りに収穫した時は私も幸福になった。

孫娘は宇宙飛行士になるだろ。

新月の夕暮れから空を見続けることは今の時代、カメラ任せになってしまうのかもしれない。北極星を中心に輪を描くように夜の星は皆一夜の間に動く。それは膨大な数の星の軌道を現す縞模様だ。孫娘はいくつ星座を見つけられるだろうか。星座は確か小学生の時に習ったはずだ。児童館の天体望遠鏡であの有名な76年周期で来るハレー彗星を見た時が始まりだった。それから私が覚えたのは、矢の形を作るカシオペアと北斗七星、その真ん中の北極星、オリオンの三つ星、小三つ星。ケフェウス座アンドロメダ、アルタイル、冬の大三角形シリウスプロキオン、ベガ、白鳥座、ペガサス座、プレアデス星団、ふたご座、カストルポルックス。季節で南の空は代わる。夏の蠍座のアンタレス。火星、木星、金星。そのうち大きくなったら野辺山の電波望遠鏡を2人で見に行くとしよう。ハワイのマウナケア山にあるスバル望遠鏡も見せてみたい。まさか私が生きている間に、月旅行は行けそうもないからハッブル宇宙望遠鏡は孫娘に託すとしよう。今のうちから孫娘の頭の中に天文学者か宇宙飛行士の種を播いておくとするか(笑)と灯りを消した風呂の中で宇宙に行ったつもりになって考えた。

ロバに乗る世界。

2044年1月、温暖化対策の抜本的な改革として車の代わりにロバに乗るという制度が施行された。自動車業界はロバ生産業界へと変貌を遂げる。外国から良好種を輸入し良質な自国種の量的生産を担った。全国民が小学生になると1人に1頭ロバが支給される。ロバの寿命は長く30年だ。そのため獣医師専門学校が人気になった。ロバの世話をロバの乗り手が全て行うとした事で、環境問題の改善の他に子供の情操教育にも貢献した。車代わりにロバ2頭で幌馬車を牽かせる。通勤、通学にはそれぞれロバに跨がり、会社学校に向かう。会社が遠い場合はやむを得ずテレワークに移行した。電車も理由が分からないが廃止され、線路跡はロバの幌馬車が電車代わりに行き交う。ゴミ問題の為に自転車も廃止された。バイクも廃止で、皆ロバに乗る。ロバの速度は今までの生活にはなかった速さである。ゆったりと言えば聞こえはいいが要するに今までよりも格段に遅いスピードが標準速度でしかもロバの気分次第かもしれない。移動手段は歩くか走るかロバに乗るかになった。排気ガスは無くなり鉄屑も出なくなり化石燃料も消費しない。新たにロバの排泄物をどう衛生的に処理するかが社会問題となる。

非合法だが捕まえる。

ある高齢の財産家の家に、オレオレ詐欺の受け子である女が現れた。指示通り女はお爺さんに市役所の職員を名乗る。髪を後ろで束ね眼鏡をかけ真面目で優しそうな印象だった。女は愛想よくしながら今日も上手くいきそうだなと思う。お爺さんは親切なお嬢さんだと思って話を聞いた。そして暗証番号を書いた紙とキャッシュカードを渡してしまう。新しいカードが入っていると代わりの封筒を渡す女はお爺さんに「これからすぐに手続きしますので安心して下さいね、何かありましたらご連絡しますから。お爺さん寒くなるから体、大事にしてね」と言葉をかけキャッシュカードの入った封筒を鞄にしまい家を後にした。そして防犯カメラのない所に停められた車に近づく。車の男に封筒を渡すと、男は5万を女に渡し、駅まで送る。お爺さんが被害に気づいたのは、それから1週間後だった。親友の田辺は幸い防犯カメラに残された女の画像を使うことを思いついた。ネットに女の画像つきでこの女はオレオレ詐欺師で捕まえたい。お爺さんが被害にあった。懸賞金も出ると流した。続々と情報が集まってくる。デマもあったが田辺は女の居所を把握出来た。警察に女の事を伝えると無事に女は捕まった。